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常磐病院DMAT 被災地の石川・珠洲で初活動 昨年7月発足も強い思いで

 1日に発生した能登半島地震を受けて、常磐上湯長谷町のときわ会常磐病院のDMAT(災害派遣医療チーム)が石川県珠洲市に入り、6日から8日にかけて、結成後初めて被災地での活動を展開した。
 派遣されたのは、医師の沢野豊明さん(33)、看護師の大垣竜一郎さん(51)、臨床工学技士の佐藤克彦さん(38)、看護師の泉田直人さん(33)で、後方支援を放射線技師の諸杉凌さん(33)が務めた。常磐病院のDMATは昨年7月、関係者の熱意で発足したばかりで、いずれも強い思いでまい進した。
 一行は6日に出発し、拠点の公立能登総合病院(石川県七尾市)での指示で、7日に珠洲市総合病院で活動を開始した。道路には地震による亀裂や落石があり、停電のため夜間は真っ暗な中での運転を余儀なくされた。
 沢野さんは「文字通り『命の危険』を感じたほど。現地は交通事情が悪く、割けるリソース(資源)がどうしても限られる。当時はいま以上に被害の全貌が見えなかったため、ニーズの把握が重要となった」と振り返る。少しでも心が休まるよう、患者に寄り添いながら診療を行った。
 珠洲市総合病院は地元で一番大きい医療機関。大垣さんは病棟支援に携わったが、東日本大震災の経験から「スタッフは疲弊していた。しかしこの病院の機能を止めるわけにはいかないので、少しでも役立ちたかった」と述べた。自分たちが駆け付けたことで、どんなに大きな地震であっても、立ち上がることができると示せるとも感じた。
 佐藤さんにも状況が、手に取るように分かっていた。震災時には系列のいわき泌尿器科(内郷綴町)に勤務し、熊本地震でも被災地で活動した。業務調整員として院内での情報収集に努め、「何が不足しているか、丁寧に聞き取ることを心掛けた」と話す。
 常磐病院のチームの気持ちは伝わった。泉田さんは「患者さんから『来てくれてありがとう』と言われ、とてもうれしかった。不安な気持ちを、少しでも取り除けたのではないか」と語る。

 8日は転院搬送を支えた。目まぐるしく天候に苦慮していたが、近くのグラウンドに自衛隊ヘリ「CH47チヌーク」が待機し、救急車やDMATカーで患者と一緒に向かった。
 こうした困難な環境を支えたのは、いわきに残った諸杉さん。「常磐病院の皆さんにも助けていただき、現場とつなげることができた」。まだ正式なDMATの隊員ではないが、他の4人と志は一緒だ。

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