いわき昆虫記
ふるさと自然散策・いわき昆虫記117 ―ムカシトンボ―
文と写真・ 鳥海陽太郎(いわき地域学會会員)
源流域に棲む生きた化石
豊かな水を湛えた小玉川の源流域、三和町下永井地内の山あいへ出掛けた。
若葉広がる森に太陽光線がふり注ぎ、そよ風が吹き抜ける。水辺のせせらぎと、キビタキのさえずる音色が心地いい。自然を満喫しつつ、緩やかな地形を流れる渓流を歩いて「ムカシトンボ」を探した。
流水域に棲むトンボの中で最も早く出現し、深い森の源流域にしか生息しない稀少性から、初夏を迎える季節のムカシトンボの生態記録が、私の中で定例化している。個体数も少なく、動きが敏捷で滅多にとまらないため、撮影が難しい。
ムカシトンボ科に属するトンボは、氷河期最終氷期のアジア一帯に広く分布していた遺存昆虫で、ヒマラヤと中国と日本の寒冷地に3種だけが局所的に生息している。体長わずか5㌢と小型でありながら、中生代ジュラ紀に繁栄した原始的なトンボの特徴を今にとどめているため「生きた化石」と呼ばれている。
黒地に黄色い紋のあるサナエトンボのような体つき(不均翅亜目)でありながら、カワトンボのように前翅と後翅が同じ形(均翅亜目)をしている。後翅の幅が広くないため滑空はせず、幅の狭い4枚翅を高速で羽ばたかせることで推進力を得ているのか。その優れた機動性と高度な飛翔能力は、氷期遺存種とは思えない。
日本に棲むムカシトンボは日本固有種で、北海道から鹿児島まで分布しているが、渓流の水中で過ごす幼虫(ヤゴ)期が5~8年と長い水生昆虫であるため、ムカシトンボの生息には、毎年変わらぬ水量の安定した清流が、豊かな森に継続的に維持されていることが条件となる。
小玉川の源流域で出会ったムカシトンボの命も、永遠に繋がれますように。
(写真:渓流の水辺の石の上にとまっていたムカシトンボ)