平字研町、松ケ岡公園下にある松ヶ岡美容室。現役で活躍するのが美容師の古市良子さん(90)だ。かつては「花嫁」のスタイリングを衣装からヘアメイクまでトータルで手掛けるブライダルの仕事をメインに、数多くの女性たちの『晴れ舞台』によりそってきた。いまの顧客は「一緒に年をとってきた常連さん」といい、「何歳になっても女性らしさを大切にしてほしい」となじみ客とのひとときを楽しんでいる。
この日、店を訪れていたのは双葉郡広野町の自宅に住む96歳の女性。古市さんとは娘の結婚式で知り合った。ブライダルの現場では花嫁の演出だけでなく、親を含め親族の支度までを任されることが多い。
「この時のスタイリングを気に入って、通ってくれるご親族の方も多いんですよ」と古市さん。女性もその1人で、広野から電車で店に通っている。襟足のすっきりしたショートヘアだが、トップは長めに残し、ゆるくパーマをあてている。
「高齢になると、短く刈り上げにしてしまう人も多いでしょう。たとえ高齢でも自分らしい髪型でいてほしい。『見た目に全然構わない』という様子は悲しくなりますね」。自分も顧客も年齢を重ねたが、「若い人は若い人なりの、高齢なら高齢なりのスタイルがあるから」と日々勉強の姿勢を崩さない。
古市さんは1919(大正8)年、平・平窪生まれ。3歳の時に父を亡くし、古市さんを含む兄弟5人を母が女手一つで育てた。「農業と炭鉱の選炭の仕事を掛け持ちして。大変だったと思う」。こうした経験から「女性も手に職を」という思いが強く、中学卒業後は茨城県常陸太田市の美容室で修業。24歳のとき現在の場所に住居兼店舗を建てて独立した。
仕事に子育てに、多忙ななかでも都内で行われる講習会や展示会に通い、研さんに励んだ。業界ナンバーワンを決める「花嫁着付けコンテスト」にも挑戦し、毎回のように上位入賞。最優秀賞に輝いたこともある。県のコンテストで優勝した際は、副賞のハワイ旅行を日本美容界の第一人者山野愛子さん(1909~95)と一緒に楽しんだ。
店の30周年イベントでは、先月亡くなった桂由美さん(1930~2024)をゲストに、いわきでブライダルショーも開催。「時代が良かったの。業界全体が伸びていて華やかだったから」
2011(平成23)年の東日本大震災で提携していた結婚式場が被災し、一時休業になったのを機に、ブライダルの仕事を引退。その後は気心のしれた常連客を迎える毎日を送っている。
70余年、美容業界で働き「やり尽くしましたね」ときっぱり。「きれいになった姿を見て、お客様も私もお互いに和むんです。好きな仕事を続けていられて幸せ。これからも体が動く限り続けたい」と今日も鏡の前に立つ。
(写真:笑顔で接客する古市さん)
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