昨日、第143回芥川賞、直木賞受賞者が決まった。本県在住で最近とみに注目を浴びている冲方丁さんは、直木賞候補に挙がっていたが惜しくも逸した▼もっとも受賞作が店頭に並ぶと同時に買い求めるような熱心な読書家ではない。賞の名を冠する芥川龍之介だが、個人的に好きな作品は『魔術』。短編ながら人間の深層心理を見事にあぶりだしている▼ある雨の晩、インド人青年ミスラ君に体得したバラモンの秘法を教わりにいく主人公。ミスラ君は「欲」を捨てることを条件に願いを聞き入れる。数日後、友人とカルタを楽しむ主人公は相手の執拗な誘いに負け、金銭はおろか財産を賭けた勝負に出る▼満面の笑みで勝利を確信した瞬間、つかの間の夢だったと知るわけだ。昨今の世相を見ると、まさに「欲」のからむ事件が多い。自らを律することは難しいものだが、作品の主人公のようにミスラ君にやましい心を見透かされ恥じ入る姿は、ひとごとではない。
片隅抄