昭和39年春から富士裾野での山荘生活を綴った武田百合子著『富士日記』(中央公論社)。自然の変化、山村の人たちとの交流など日常の些事が独自の視点で書かれている▼単行本で上下巻。夫泰淳の死まで十数年間をまとめ、出版後に田村俊子賞を受賞した。上巻は同年から42年11月末まで。世間ではレジャーブームが富士五湖周辺に及んでいることも分かる▼次の記述もある。「赤いスポーツカーと乗用車とワゴンが三重衝突して、スポーツカーは大破、血がおびただしく流れている」「大トラックの正面衝突で助手席までつぶされ、運転席がやっと残っている事故、道には硝子が散乱、血の痕がある」▼この様子は41年、東京の自宅と山荘を往復する途中、車を運転する百合子が目撃したもので史上最悪の交通事故死亡者1万6765人を記録した45年を予兆させる。21日から「秋の全国交通安全運動」が始まる。だが期間中に限らず日々の注意は怠れない。
片隅抄