人は食うために生きるんです―高齢者の食に関する取材の際に聞いた言葉だ。それまで「生きるために食う」と認識していた脳が、一瞬パニックに陥り「逆では?」と問い直した▼再度得た答えはやはり「食うために生きる」。似た言葉に最近出合った。3年前の8月12日に乳がんで他界した歌人河野裕子。家族に向け詠んだ辞世の一首「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」に引かれ、死の2カ月ほど前の随筆を読んだ▼そこには「いちばん参ってしまったのは食べられなくなってしまったこと」とあり「(以前は)何をしても必ずおいしいものを食べる楽しみがあった」と振り返る。別の随筆では「食べられなくなって考えることはやはり食べ物のこと」とも。これが人の生きる姿なのかもしれないと感じ入った▼また彼女は、同じがんで死んだ母の言葉を借り「死ぬのは大仕事」とも記している。大仕事をなした人々が帰ってくる。明13日は盆の入り。
片隅抄