厄災を呼び込む扉を閉める「閉じ師」として、全国を旅する大学生の青年。その親友が福島原発事故で荒廃した丘から海が見える町を一望し、「このへんって、こんなに綺麗な場所だったんだな」とつぶやくシーンが印象的だった▼隣りに佇む被災した女子高生は、間髪を入れず「綺麗(きれい)?ここが?」と返す。当人や家族、親しい人が被災したならば、例え美しい情景だったとしても、失った故郷を綺麗という言葉で表現することはできない。抄子はまず虚無感が先立つ。当事者と第三者の壁を見せることで、関心が薄れつつある11年の歳月を表現したのだろうか▼新海誠監督の長編アニメ「すずめの戸締り」。私たちにとっては辛い描写も少なくないが、単に〝お涙ちょうだいもの〟ではなく丁寧に震災と向き合う展開に好感が持てた。特に当時の記憶が曖昧(あいまい)な若い世代に見てほしい▼美術監督を務めたのは、福島市出身の丹治匠さん。繊細な情景描写が話を際立たせている。