「遠いところまで来てくれてありがとう」。田人町石住の自宅跡で、高橋久雄さんは変わらず笑顔で出迎えてくれた。高橋さんは12年前の4月11日、福島県浜通り地震で自宅の裏山が崩れ、当時16歳だった長女の愛さんを亡くした▼2年前、10年に合わせ話を聞かせてほしいと頼むと、快く引き受けてくれた。ただ高橋さんから「10年は私たちにとって通過点。1年1年変わりません」と告げられた。当事者にとって節目などないと、改めて強く感じた▼今年は浜通り地震の鎮魂と地域の復興を願い、田人地区で続くイチョウの植樹場所に、高橋さんの自宅跡が選ばれた。普段は静かな山あいだが、11日は地元の人たちの声がこだました▼磐農の園芸科に通っていた愛さんは、花屋になる夢を抱いていた。高橋さんはそんな娘を思い、いまの自宅で育てたコスモスやアジサイ、ヒマワリを植えている。今度はイチョウも加わることで、後世の人たちも愛さんの思いに触れられる。
片隅抄