「『待って』は許されない。病院は常に臨戦態勢だ」。1950年に旧平市と石城郡29町村の組合立として誕生した「磐城共立病院」の初代院長・畠山靖夫氏(1909~89)の言葉として残されている。秋田の出身で旧東北帝大を卒業後、戦前・戦時中は台湾にわたり、共立病院開院と同時に院長に就いた▼開院当時は資金難で経営は厳しかったといい、畠山氏を含む医師5人で、内科・外科・産婦人科をまかなった。現存する開院5年後の全景を見ても、言われても病院とは分からないほど簡素で、当時の医療人には敬意を表する▼共立病院の理念を引き継ぎ、市医療センターが2018年にオープンした。医師不足は長年の課題だが、環境を整え、各種制度も設けたことで朗報がもたらされた。4月1日時点で常勤医が過去最多の152人になった▼ただ重要なことは病院頼りにせず、病気にならないよう工夫する生活だろう。次に求められるのは、市民の健康指標改善だ。