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【海洋放出1年】前経済産業相・西村康稔氏 正面から向き合った「関係者の理解」
東京電力福島第一原発の汚染水を浄化した後の処理水を巡り、24日で海洋放出から1年を迎える。1回あたり約7800tの処理水を海に流し、7日から通算8回目の海洋放出を行っているが、処理水に含まれる放射性物質トリチウムの濃度に関しては、海洋モニタリングで異常は確認されていない。(敬称略)
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「関係者の理解なしには、(処理水は)いかなる処分も行わない」。海洋放出に関して、いまなお重みを持っている言葉であり、経済産業相(当時)として、西村康稔は正面から向き合ったと自負する。
西村は昨年8月22日、中央台飯野の県水産会館を訪れ、県漁業協同組合連合会(県漁連)会長の野﨑哲に、正式に海洋放出の開始が決定したと報告した。野﨑は反対の姿勢を貫きつつ、「30~40年かかる廃炉が終わって、福島の漁業が継続できていれば、初めて理解できたとなる。約束は果たされていないが、破られたとは考えていない」と言葉を紡いだ。
海洋放出開始から1年を迎え、西村は「最終的に何十年かの後に『約束を果たしてくれた』と言ってもらえるよう、私はどんな立場になっても、これからも責任を果たしていく」と誓う。
話は2015(平成27)年8月にさかのぼる。県漁連は福島第一原発の建屋周辺井戸「サブドレン」から地下水をくみ上げ、浄化した上で海に流す計画を受け入れる際、政府と東電に対し、許可なく多核種除去設備(ALPS)の処理水を海洋放出をしないよう求めて明文化された。
当時は原子炉建屋に地下水が流れ込み、溶け落ちた燃料(デブリ)に触れることで汚染水が増加していたほか、同年2月には2号機の原子炉建屋屋上から汚染雨水が排水路を通じて港湾外に流出した問題を公表せず、漁業者の強い反発を招いたばかり。
サブドレン計画を認めてもらうため、その場しのぎとも言える回答だった。実際にこの時、政府も東電も処理水の将来について、はっきりとした考えは示さなかった。
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6年近く経った2021(令和3)年4月、当時の首相・菅義偉が2年後をめどに海洋放出を始めると発表。タイムリミットが迫る中、22年8月に西村は原発所管の経済産業相に就いた。
「何とか理解を得られないか」と、西村はひざ詰めで漁業者と向き合った日を振り返る。19回にわたる車座集会では若手や女性とも対話した。時に怒号を浴びせられ、意見交換は平行線をたどったが、粘り強く安全性や支援策を訴えた。
状況は好転せずとも、真摯(しんし)さは失わなかった。「反対の立場であっても、いくらでも時間を作ってくれた」と感謝する。
西村の選挙区は鯛やタコの産地で知られる兵庫・明石や淡路島のため、地元の県漁連幹部が「西村は水産のことを分かっている」と、全漁連の会議の場で水を向けたこともあったという。
予算措置にも心を砕いた。水産庁に計上される年間予算はおよそ3千億円だが、それとは別に風評対策や持続可能な漁業の実現など1千億円超の基金が経済産業省に盛り込れた。西村は「漁業者の皆さんからは、3千億円の中から処理水に関する予算が付けられ、他の事業が減らされるのではないかと心配する声があった」と明かし、財務省に話を付けて「いままでの常識ではあり得ない」(西村)かじ取りを行った。
「内堀知事の『むしろ常磐ものが足りない』や、野﨑会長の『消費者は冷静な判断をしている』との言葉から、中国の根拠なき規制を除いて、大きな風評被害は起きていないと認識しており、廃炉に向けて大きな一歩を踏み出したと思う」。経産相は昨年12月に退任したが、立場は変われども、福島の復興に寄り添う決意をにじませた。
(報道部主任・馬目真悟)
(写真:処理水の海洋放出について思いを語る西村氏)