2024.02.06
52年前の昭和47年2月6日のことはよく覚えている。その日は日曜日で、中学2年生だったわたしはラジオを聴きながら中学校の近くを歩っていた。たぶん、部活があったのだろう▼ラジオからは札幌冬季五輪の純ジャンプ70m級で笠谷幸生が金メダルを獲得し、世に言う「日の丸飛行隊の金銀銅独占!」の快挙を伝えるアナウンサーの興奮した声が聞こえた。ひねくれた中学生だったので、日本から出場した4人中(1本目は4位まで独占)ひとりだけ23位に終わった藤沢隆選手の気持ちを慮ったものだ▼当時はヘルメットではなく毛糸の帽子。もちろん女子選手などいない。滑走中のアプローチ姿勢で両手はヒザの前当たりで構え、空中でのスキー板はきちんと揃えねばならなかった。日本選手の手の甲の部分に赤い丸がついた白く分厚い手袋は今でも欲しい▼現在は一面住宅密集地になってしまった当時の田畑に、確か雪が残っていた記憶があるのだが、これは怪しい。