6年前の事を思い出している。東日本大震災の直前の頃の事だ▼春の足音が聞こえ始め、小・中学校では卒業式の準備に余念のない、2日後に起きるあの悲劇など想像だにしなかった頃だ。ただ、今思うと、さまざまな予兆ともいえることが日本、いや世界規模で起きていた▼1カ月前にはニュージーランドで大規模な地震があり、日本人も犠牲になった。九州霧島連山新燃岳の噴火。そしてその頃から、三陸沖を震源とする小規模な地震が続いていた。いわきでも震災前日、発表では震度3だったが、エレベーターが停止するほど、体感的に大きい地震があった。地下活動が、地球規模でつながっていることが分かる▼昨年11月、津波警報により、沿岸部に避難指示が出された時、避難する車で周辺道路が渋滞する事態に陥った。徒歩で避難するという基本ができていなかった。6年前の教訓はどこへ行ったのか。「天災」は避けられないが「減災」にすることはできる。
片隅抄