山口瞳さんの『行きつけの店』(新潮文庫)には生前、交流を持った全国の飲食店が紹介されている。そのひとつに金沢市のあるバーを営むマスターとのひとこまが綴られている▼店内には山口さんの著作物ほか師の高橋義孝、長くコンビを組んだ柳原良平さんらの書物を並べる熱烈な山口ファン。そのマスターが神経性の内臓疾患になった。山口さんの元に弱気になった手紙が届くがどうすることもできない▼「ただ一行、元気を出せ、と書いたハガキを出した。それ以外に私は手立てを思いつかなかった」。はがきを読んだマスターは、にわかに元気になり翌日に退院した。この文庫本、たまに読み返すが2人のやりとりが好きだ▼テレビでは、著名人やタレントが「がんばれ、負けるな。ひとりじゃない」と盛んにメッセージを送る。一体誰に向かっての発信だろう。試聴できる人はよい。だが避難所には、テレビが無いところもある。これ以外の手立てはないものか。
片隅抄