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<震災13年>平豊間 津波免れた竜虎の書画 近代画家・田中一華の作品
若かりしころに画家を志して都内の絵画専門校に通い、国内の黄金背景テンペラ画の第一人者で、元市立美術館長の田口安男さんに師事した鈴木義則さん(71)。震災当時、平豊間の自宅にある離れのアトリエで絵に没頭していた。
2011(平成23)年3月11日午後2時46分。突然の揺れに驚き、咄嗟(とっさ)に「ただごとじゃない」と母屋に駆け付け、90を超えた養母を外に連れ出して庭にしゃがみこんだ。
目の前で敷地内の隠居と蔵は倒壊、石塀が道路側に崩れた。車1台がやっと通れる道路。避難路を確保するため、無我夢中で20~30kgほどはある石を端に寄せた。すると消防団の「すぐ避難して」と張り上げた声が聞こえた。防災無線は聞こえなかった。
車のエンジンに火を入れ、逃げる態勢を整えた。30分ほどしたころか。ゴーという音が聞こえ、後ろも振り返らず内陸に向けて車を発進させた。目的地は塩屋崎カントリークラブ。震えながらひと晩を過ごすと、「豊間は何にもなくなっちゃった」との声が聞こえた。
「この人は何を言ってるんだ」といぶかしみ、ゴルフ場から歩いて坂を下ると、目の前の情景に開いた口が塞がらなかった。がれきの山だった。
先祖代々、家族の思い出がたくさん詰まった母屋はボランティアの協力で何とか息を吹き返した。家財を片付けていたところ、49で早世した祖父清利さんが収集していた数ある書画の中に、6枚の丸めてあった書画を見つけた。繋(つな)げてみると、驚いた。荒々しくも尊厳すら感じる竜虎の絵だ。
落款(らっかん)を見ると、「一華」とある。いまもいわき美術協会の会員として活動する〝絵描き〟の端くれとして、心が高鳴る。早速調べたところ、京都に生まれ、京都画壇、関西美術界で名をはせた水墨画家田中一華の作品と分かった。
辰年生まれの鈴木さんのもとに、津波をまぬがれた竜虎の絵が舞い込んだ。宮城県気仙沼市で津波を耐え抜き、復興のシンボルとなった「龍の松」のような、神々しさを感じる逸品。悩んだ末、表具し屏風(びょうぶ)絵として仕立てた。本物かどうかは分からない。豊間の象徴なんてたいそうなものではなくていい。ただ、家とふるさと、自分を結ぶ存在であってほしい、それだけでいい。
鈴木さんは静かに絵を眺めて震災当時を振り返り、13年の歳月をかみしめていた。
(写真:津波を免れた竜虎の書画と当時を振り返る鈴木さん)