福島県いわき市のニュースやお悔やみ情報等をお届け

お知らせ

創刊80周年記念ロゴ作成 市民のための新聞これからも

 いわき民報社は1日、創刊80周年を記念して作成したロゴを発表しました。
 記念ロゴはコーポレート・アイデンティティ(CI)の「市民の新聞」に加え、かつて題字に採用された若竹色をあしらったものをメインカラーに、いわき地方が抱く雄大な海の波をイメージしています。
 紙面をはじめ、今後さまざまな機会で活用します。
 ■      ■
 いわき民報は1946(昭和21)年2月5日、第二次世界大戦からの復興に向かういわき地方の言論文化を守るため誕生し、今年で80年を迎えました。
 ただその源流は戦前にまでさかのぼります。いわき地方は県都・福島市から遠地のため、独自の新聞報道が玉石混交ながら盛んに行われました。最初の民間新聞は1907(明治40)年に発行されたほか、明治後半から大正前半にかけては県紙より、茨城県や在京の新聞を読んでいたといいます。
 なおいわき地方独自の新聞の一部は、市立図書館のウェブサイトに掲載されている「郷土資料のページ」<こちら>で見ることができます。
 1937年の日中戦争以降、戦時体制下で全国各地の新聞は国策で統合されていきます。40年10月をもって、いわき地方の有力5紙「磐城時報・磐城新聞・常磐毎日新聞・新いわき・常磐新聞」は廃刊となり、磐城毎日新聞1紙となります。
 しかしさらに「一県一紙」の政策が推し進められ、磐城毎日新聞も1941年8月で廃刊に。同年9月~44年3月には県紙の磐城夕刊が発行されましたが、こちらも最終的に休刊となります。
 こうした歴史的経緯を踏まえ、いわき地方では終戦直後から、新興紙の創刊や戦前廃刊された新聞の復刊が相次ぎました。
 いわき民報でも戦前の「磐城毎日新聞」の題字を継承する意見がありましたが、新たな門出として、平仮名の「いわき」を冠して新聞の発行を始めました。1946年2月の創刊に続き、同年5月から日刊紙に移行しました。
 小紙を取り巻く環境は時代とともに変化し、長年にわたって夕刊として親しまれました中で、2024(令和6)年10月には朝刊に移行しましたが、これからも「いわき市民のための新聞」として励んでまいります。
 (画像:記念ロゴ)

PR:地域密着型の金融機関(信用組合)。地域社会への貢献を使命とし、地元の企業や住民が対象の預金・融資などの金融サービスを提供しています。

カテゴリー

月別アーカイブ

広告バナー(常光サービス)
More forecasts: 東京 天気 10 日間

関連記事

PAGE TOP