知人に秋の夜長を楽しむべく1冊を紹介された。「1カ所だけどいわきが出てくるから」と勧められたのは、池波正太郎の初期の短編『眼(め)』▼中途失明の青年を描いた、著者いわく「懸命に書いた」力作だった。裕福な少年時代を過ごした主人公が徴兵・復員後の眼病で失明、盲学校から一般大学への受験・進学へと向かう紆余曲折を描いた作品だ▼いわきに関しては、主人公をサポートするヘルパー(おそらくは生涯の伴侶と想像される)となる女性の出身地として「福島県勿来市植田町」として登場する。件の女性は「その町の小さい製材所の次女」だそうだ▼主人公によれば「人類の文化は光を追って来たものに相違ない。身体障害のうち眼をやられるというのが、いかに惨いかということを知った」とある。人が得る情報の90%は目からといわれる。それだけに、小説の中ながら盲目の彼の救いの神がいわきの女性だったことが、何ともうれしい読後だった。