「アマゾン川の大逆流ポロロッカのようなことが多摩川でも起きる」、そんな奇怪な噂に翻弄される人々を描いた小説がある。先ごろ発売された原宏一著『東京ポロロッカ』だ▼7つの物語の連作で、すべて震災前に書かれたというが、震災後の今読むと何とも感慨深い。この9カ月で実感した、社会における人間の弱さが本の中に見えた▼孤独な高齢者、心労の尽きないシングルマザー、経営難の町工場の社長など、無責任な大逆流の噂に振り回される住民がいる一方、噂を利用した金もうけを考える人もいて…震災直後の被災地の状況が目に浮かび、あらためて冷静な判断と、それができる心の強さが必要だと思った▼とはいえ、やはり人は弱い。そして、苦しみを感じているときこそ、より弱い方に流されるのもまた然り。その流れを押し戻す力となるのは、周囲とのかかわり、絆だろう。本作品にもそれが描かれ、ほのぼのとした読後感を得られたことが救いだった。
片隅抄