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2023.06.26

 20日、ひとりの名物監督が亡くなった。相原登司輔さん、75歳▼小野、2期にわたる勿来工業、内郷(現いわき総合)、好間で指揮を執り、双葉監督だった平成6年夏には甲子園出場を果たし、唯一の1勝をもたらした。磐城では投手を務め、昭和41年夏には県史上2位の46イニング連続無失点の快投。甲子園まであと1勝に迫る東北大会決勝まで投げ抜いた▼37年にわたる監督業。退職後も大会になると球場のネット裏に陣取り、解説者よろしく歯に衣着せぬ名調子の相原節を響かせた。本当に野球を愛した人だった▼甲子園出場の翌年、相原さんは〝1回戦ボーイ〟好間に赴任する。平成7年7月11日付の高校野球連載『ウイニングボール』で、戦々恐々する選手たちの様子を紹介した。弱小チームでも47歳の相原さんは本気で選手と接した。そして春の大会では3年生にとって入部以来初の1勝を挙げ、夏も4年ぶりに初戦突破を果たした。相原マジックは健在だった。

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