昨年9月の当コラムでも触れたが、20代のころ、毎週末になると入遠野を訪れ、手仕事の達人と交流した▼そのひとりが最後の遠野和紙職人の瀬谷安雄さん。促されて紙漉(す)きに挑んだが、簀桁(すけた)の重さに驚き、楮とトロロアオイの溶けた粘着性ある水をすくうだけで精一杯。簀桁を支えるのは天井から吊るされた1本の紐。バランスが取れず紙原料を均一に慣らすことなんてできなかった。「その細腕で、どうして」と舌を巻いた▼1本吊りで漉いたものでなければ遠野和紙ではない。瀬谷さんが鬼籍に入ってからは、地元の方々や地域おこし協力隊が挑戦したが、ついにものにできる後継者は現れなかった▼それが同隊出身の高嶋祥太さんの手によって復活した。努力は当然、書家として和紙に精通していたことも背景にある。次は瀬谷さんのように生業(なりわい)としていけるか。現存する本市唯一の手漉き和紙として後世に繋いでいくためには、より多くの理解と支援が必要となる。