文と写真・ 鳥海陽太郎(いわき地域学會会員)
早春にのみ活動する儚い命
早朝に奏でる美しい音色が心地いい。鳴き始めたイソヒヨドリのさえずりが、自然散策へと誘っているようだ。小川町上小川地内の「内倉湿原」へ出掛けた。
湿原の水はまだ冷たく、水中に生きものの気配は無いが、湿原周辺の空間には野生がいっぱい。湿原を見おろす樹上でノスリがふわりと舞い、ウグイスのさえずりが谷にこだましている。何かの鳴きまねをする猛禽類モズの姿もあった。
明るい林縁のイネ科植物の枯れ葉にとまり、時折せわしなく飛び回る1匹の小さな蝶の姿が目にとまった。シジミチョウ科の「コツバメ」だった。羽化したばかりの雄の縄張り占有行動のようだ。
コツバメは1㌢ほどの小さな蝶で、ツバメのように敏速に飛ぶ優れた飛翔能力が和名の由来になっている。
翅の表面には青緑色の美しい輝きがあるが、裏面全体は太陽光線を吸収し易いこげ茶色の斑模様になっている。体はふかふかの毛で覆われていて温かそうだ。翅を開いてとまることは無く、日光浴は翅をピタリと閉じたまま、翅の裏面全体で太陽光線を受け止められるよう体を横倒しにしてとまる。そのポーズが面白くて愛くるしいが、まだ空気の冷たい早春を生き抜くための技なのだろう。
コツバメの成虫は、早春にのみ活動して姿を消す。早春植物カタクリやギフチョウほどの華やかさの無い小さな蝶だが、スプリング・エフェメラルズ(春のはかない命)の一員だ。
見上げれば、山の斜面にはアセビの群落が有り、純白の花を咲かせていた。馬酔木として知られる有毒植物だが、この白い花こそがコツバメの成虫の蜜源でもあり、幼虫の食樹となっている。
(写真:翅を閉じて枯れ葉の上にとまるコツバメ雄成虫(円内は同個体の飛翔中の姿を撮影したもの))