「現場は2年半経ったが、まだ野戦病院という状態が続いている」。2013年9月11日、Jヴィレッジで開かれた会見で、福島第一原発の状況を巡って東京電力の相沢善吾副社長(当時)が語った言葉は、いまだに忘れることができない▼目の前のピッチには鉄板が敷かれ、作業関係の車両が並んでいた。Jヴィレッジは19年4月に全面再開を果たし、あのころの面影はもうない。ただ先日、当時の会見場だったレストラン・アルパインローズで食事をした際、12年前の光景がありありと思い出された▼柱の位置は同じだな……。ウニと松川浦産あおさのパスタをほおばりながら、懐かしくも複雑な感情が去来した。窓の外に広がる青々としたピッチでは少年サッカーが行われていた▼復興の歩みは確かだ。しかしより濃淡がはっきりしてきたことは間違いない。復興再生土の再利用は果たして進むのか。中間貯蔵施設から県外に搬出できるよう、国民的な議論が求められる。