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脚本家・倉本聰さん死去 被災地にも心寄せる 震災翌年に豊間でキャンドルナイト

 日本のドラマ史に残る数々の名作を手がけた倉本聰さんが18日、91歳で死去した。北海道・富良野の大地を愛した脚本家はドラマを樹木にたとえ、「根のないドラマは成立しない」と語った。代表作「北の国から」をはじめ、人間の運命や自然に立ち向かう男女を描く骨太なドラマを書き続けた。
 テレビの草創期から多くの脚本を執筆した倉本さんが、「豊かな自然の中で暮らしたい」と転機を求めて富良野へ移り住んだのは1977年だった。初めての夜、何かの気を感じて闇の深さにおののいたという。
 周囲には当時、かつて農業や水産業などに従事した人たちが残した廃屋が多くあった。それらを訪ねるうち、「北の国から」のアイデアが膨らんだという。
 フジテレビ系列で81年10月に連続ドラマとして始まった同作は、妻と別れて東京から故郷の富良野に戻った黒板五郎が主人公だ。電気もガスも水道もない廃屋に暮らし、2人の子どもを育てる。経済成長や東京一極集中が進む時代にあらがうような親子の姿が大きな反響を呼び、第1シリーズの半年間で、視聴者からの投書が1万通を超えた。
 すぐにスペシャルドラマとして続編が作られるようになった。田中邦衛さんが演じた五郎の息子の純は、当時小学生だった吉岡秀隆さん、娘の蛍は中嶋朋子さんが演じた。視聴者は一種の疑似家族のように3人を捉え、純と蛍の成長を見守った。
 近年は、自分が長く関わった放送業界に厳しい言葉を発することも多かった。「『北の国から』は真冬でも20回も撮り直すことがあった。今は演出家にそこまでの熱意がない。役者を養成する意識もなく、効率を求める業界に役者も毒されている」などとも語った。(読売新聞社配信)
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 倉本さんは東日本大震災・東京電力福島第一原発事故で被災した福島県にも心を寄せた。
 震災発生翌年の2012年3月11日には豊間海岸を訪れ、自らが主宰する「富良野GROUP(グループ)」の取り組みとしてキャンドルナイトを行い、「小さな光が豊間の復興に役立てば。皆さんの力で豊間を復興させてください」と呼びかけた。
 (写真:豊間海岸でキャンドルナイトを行った際の倉本さん=2012年3月11日)

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