「言葉に言霊があるように、家には家霊がある」と言ったのは、建築文化史家の一色史彦さん(茨城)だ▼1軒の家には祖先から受け継がれた一族の連綿とした思いや魂というものが刻まれているということだろう。旅行した先の旅館でごちそうを食べ、温泉にゆったりつかっても、家に帰れば「やれやれ、やっぱり自宅が一番だ」と思う。家霊に包まれた安心感、ということだろうか▼そんなことを双葉郡のある町の応急仮設住宅に招き入れてもらったときに思った。仮設住宅には家霊がない。本来帰るべき家霊が待つ自宅は、高い放射線にまみれたままなのだ。自分で撮影した自宅とその周辺の風景をテレビ画面に映しながら、ふるさとの町を説明する姿は切ない▼「自宅から見えるんだよ」というある1コマには、1本の煙突が写っていた。福島第一原発の煙突である。心落ち着く自宅に戻れる日はいつか、いや戻れる日が本当に来るのか。先は、依然として見えない。
片隅抄