幾多の困難を前に先達はどう生きたか――こんなコピーに誘われ読んだのが『日本人の叡智』だ。作者は、昨年映画化された『武士の家計簿』の原作者で日本近世史研究者の磯田道史。歴史上の無名の賢人98人の「広く深い言葉」が紹介されている。もとは全国紙の連載だった▼その中から「衛生は猶ほ火の用心を為すが如く」。幕末の幕臣栗本鋤雲の言葉だ。店と卸売業者の間の「認識の違い」が4人死亡の悲劇を招いた生肉食中毒事件の最中、この一言はあまりに重い▼ほかにも、ページごとに含蓄のある言葉に出合えたが、一番感動したのは実は著者の言葉だった。磯田氏は新聞連載にあたり、賢人らの「叡智」を一定期間に規定の字数でまとめるため、「才能には限りがあるが、労力は時間の許す限り投入できる」と、最大限の努力をした▼これこそが「叡智」ではないか。翻って今回の食中毒事件。事前にできる限りの労力を投入していれば――の思いは消えない。