今でこそ記者として書くことを仕事にしているが、昔は苦手だった。そんな自分に書く自信を与えてくれたのは高校時代の読書感想文で褒められたこと。ほんの些細なことが後の職業選択に影響を与えることになるのだが、本の題材は吉野せいの『洟をたらした神』だった▼今年はせいの没後40年ということで、心平記念文学館で企画展が開かれている。吉野せい賞表彰式では家族から貧困の開拓生活の中、1歳を迎える前に亡くなった次女梨花のことをつづった自筆の日記が寄贈された▼同書の初版発行は昭和50年だから、すぐに買って読んだことになる。収録されている「梨花」や「水石山」の項をいま読み返しても、せいの研ぎ澄まされた文章が胸を打つ▼自筆の原稿を見るのが好きで、旅の途中で各地にある作家の記念館を訪れる。書き直しもある生々しい原稿からは、活字では窺い知れない作家の思いが伝わってくる。せいの自筆原稿を心平の文学館でぜひご覧あれ。
片隅抄