若いころ好きだった作家に山岳・歴史小説で知られる新田次郎さんがいた▼その中に明治~大正の茨城県・日立鉱山を舞台にした小説『ある町の高い煙突』がある。銅の精錬で排出された亜硫酸ガスが周辺地域に被害を及ぼしたことから、大正4年に当時世界一高いといわれた155・7㍍の大煙突を建てて煙害を激減させた実話をもとに書かれた▼大煙突は平成5年に自然倒壊し54㍍になったが、今もJX金属日立事業所として稼働している。小説は映画化され、ことし6月に封切られたが、隣県・栃木の足尾銅山が深刻な鉱毒事件を起こして社会問題になったのとは対照的な公害に対する意識の高さがうかがえる▼現地には当時、鉱山労働者の憩いの場として歌舞伎座を手本に建てられ、芝居や映画、音楽会、相撲の巡業などが催された「共楽館」が残っている。10月には日立がロケ地になり、大煙突も映っている石原裕次郎主演の映画が上映される。〝現役〟の強みだろう。
片隅抄