自分が小学生だったからもう半世紀以上も昔。母の日のプレゼントに、学校前にある商店で袋に入ったキュウリの種を買って「母の日」のプレゼントにした▼農家の次男坊だが、訳あって家督を継いだ。ところが放蕩息子は農業をそっちのけ。父も亡くなり、畑はいま耕作放棄地状態、田んぼは他人に貸して収穫した米を譲り受けている。365日農業に没頭していた母にしたらどれほど情けない思いをしただろう▼母も94歳。ほぼ寝たきりで老衰が著しい。1月に誕生祝いをしたが無表情だっただけに、もしかしたら最後になるかもしれないあすの母の日をどうしたものか、頭を悩ませている▼何年か前、親類が集まっていたとき、その母がキュウリの種のことを突然話し出したことに驚いた。小学生だった息子の親孝行として脳裏に刻んでいてくれたのだ。では荒れた畑に手を入れてキュウリを栽培したら喜ぶか。カーネーションと一緒にもう一度、種を添えてみたい。
片隅抄