コロナ禍が始まる前年、初めてコザを訪れた。観光地としての賑わいと文化の違いに驚き、あらためて南北に長い本国の多様性を実感した▼個人的にどうしても訪れたかったのが、糸満のひめゆり平和記念資料館。机上ではなく実際に現地で見聞きし戦禍の悲劇、愚かさを学びたかった。娘たちには自分と同世代の若者が戦争とどう向き合い、最期を迎えたのかを知って欲しかった▼8月9日、ソ連は日ソ中立条約を破棄して突如満州に侵攻。11日には北緯50度の国境を越え、樺太への進軍も開始した。15日の玉音放送後も無差別攻撃は続き、多くの民間人が犠牲となった。そのひとつが〝北のひめゆり〟とも称される真岡郵便電信局事件▼敗戦後も樺太で戦局を伝え続けた年端もいかない電話交換手の娘9人が、青酸カリを飲んで自決した。みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら。最後の言葉が刻まれた慰霊碑は、樺太を眺める北海道・稚内の景勝地に立つ。
片隅抄