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【海洋放出1年】福島追うジャーナリスト・相本啓太氏に聞く 情報のあり方とは
東京電力福島第一原発の汚染水を浄化した後の処理水を巡り、海洋放出から1年が経つ中で、正しい情報のあり方が課題となっている。中国の禁輸措置のみならず、国内でもSNSを中心に「海に汚染水を流している」といった発言はいまだ散見されるほか、原発事故に関して再び「福島で鼻血が出た」や、いわき市の海水浴場を「誰も泳がない海」と書き込む例があり、地元住民の心を痛める事案が後を絶たない。
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「大前提として、原発事故が起きたことは事実。多くの人が故郷を失い、新たな土地で避難・定住している。責任は明確に東電にあり、原発を推進してきた政府にある。しかしこの13年、福島は根拠のない情報に惑わされてきた」。いわきゆかりのジャーナリスト・相本啓太氏(34)は、震災・原発事故以降の福島を取材し続ける一人として指摘した。
相本氏は読売新聞記者を経て、現在はハフポスト日本版ニュースエディターのネットメディア記者として活躍している。原点は2013(平成25)~18年に福島支局といわき支局に在籍し、復興にまい進する姿や双葉郡の避難指示解除を追いかけた日々だ。
公開された言説が、事実に基づいているか調べる「ファクトチェック」にも取り組んでおり、静岡県の水害にまつわる虚偽画像の報道で、「ファクトチェックアワード2023」優秀賞に輝いた。
誤った情報が当事者の心に与える影響に関して、同じ原発事故に遭ったチョルノービリの事例を挙げる。世界保健機関(WHO)が2006年に出した報告書では、「メンタルヘルスへの衝撃は、チェルノブイリ(チョルノービリ)原発事故で引き起こされた、最も大きな地域保健の問題である」とまとめている。
政治家や記者、さらにSNSで発信力を持つインフルエンサーは、世論を操作できる力があり、何よりも科学的根拠に基づくべきと訴える。
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原発処理水について、相本氏は一部の全国紙や通信社が英字記事で「Fukushima water(フクシマウオーター)」と表記し、福島の水自体が原発事故由来と想起させかねないと問題提起した。この記事は県議会でも取り上げられ、最終的に内堀知事が「風評や差別を助長する恐れのある表現がなされたことは誠に遺憾」と記者会見で述べた。
相本氏によると、フクシマウオーターを使ったメディアは「文字数の問題」や「思いが至らなかった」と釈明した。しかし処理水の英訳は「treated water」。両者は2文字しか変わらず、「大手メディアが何の違和感も持たずに使っていたことが問題」と話す。
さらに県内各メディアは、この問題に及び腰だったと明かす。日々の取材に追われる記者の気持ちに一定の理解を示しながらも、「メディアは権力監視をすることは当たり前だが、これでは県民の知る権利に応えていない」と憤りを隠せない。
別の視点でも、フクシマウオーターの懸念を伝える。「フクシマウオーターが、インターネットミームとして使われている」という。
インターネットミームとは話題になった文章や画像、動画が、別の形に変わって広まっていく現象を指す。最近では猫の切り取り動画を素材に、日常生活を再現する様子が知られている。
ただフクシマウオーターでは、巨大な魚や不思議な生き物が見つかった場合に始まり、事件・事故でも脈略なく使用されている。「福島の復興の積み上げを一発で終わらせてしまう」と警鐘を鳴らす。
一方で原発事故から13年が経過し、どうしても過去の出来事になりつつある点は否定できない。「だからこそイデオロギーや政治的立場を排除した専門家を招き、学校教育の場にちゃんとした講師を置いて、学び続けるべき」と呼びかける。
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いまは甲状腺がんの問題を深掘りしながら、福島の食の魅力を伝えるシリーズ「相本啓太の福島〝メシ〟探訪」を展開する相本氏。「福島で育ててもらい、多くの仲間ができた。いまだに交流してもらっている」。東京から全国に、これからも福島の良さを発信していきたいと語った。(報道部主任・馬目真悟)
(写真:さまざまな角度から情報について語る相本氏)