明治から大正、昭和の初めは銅山によって栄え、閉山後はセメント産業で支えられた四倉の町。基幹産業であった漁業は厳しい環境の中で今も操業を続けている▼この夏、たまたま日曜取材で2度、四倉海水浴場を訪れる機会があった。市内屈指の広々とした白砂を会場に、1度目は夏恒例の「ビーチバレーボール大会」を、2度目は「スカッパタdeアソボin四倉」を見てきた▼そこで感じたのは、地元にある資源を有効活用して町のにぎわい創出につなげようという、灼熱の太陽にも負けぬ町の人たちの熱意だった▼思えば四倉町は、海水浴場だけでなく、常磐道には「サービスエリア」、国道6号には「道の駅」という、2つの重要な集客施設を抱える交通の要衝でもあったのだ。これから車での移動が盛んになる中で、この施設の存在意義はこれから大きくなっていくだろう。品ぞろえ、情報提供、そしてもてなしの心。いわきのイメージアップに生かしてほしい。