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震災15年 学習塾経営・鈴木貴さん 静かに月日重ね…亡き娘への思い変わらず

 潮風が吹く平沼ノ内の一軒家。学習塾経営・鈴木貴さん(50)は朝、海を見にいくのが習慣になっている。海は刻々と表情を変える。しかし、自ら海の水に触れることは、ほとんどない。津波で当時10歳だった長女姫花さんと、母親を失ったあの日からずっと。貴さんにとって海は近くて遠い、存在になった。
 高校生のころに一家で薄磯に移住。結婚後も近くのアパートに住み、姫花さんと長男が誕生。実家からほど近い現在地に新居を求めた。震災が起きたのは新居の「瓦上げ」を行ったその日の出来事だった。
 後日、娘が津波に巻き込まれて亡くなったことを知った時、泳ぎが不得意だった娘を思い、とっさに「冷たかっただろうな」と思った。以来、「娘を連れ去った冷たい海」という印象が頭から離れない。「近くに行っても堤防まで。自ら海に近づくことはなくなりました」
 震災直後は精神的な激動期。姫花さんが描いた灯台の絵を見た京都市在住のデザイナー竹内明二さんの提案を受けて、震災の経験を伝える「姫花ちゃんの黄色いハンカチ」が誕生した。悲しみにくれながらも必死に仕事をし、男の子2人を育て、ハンカチの販売や売上金の寄付に奔走した。デザイナーになりたかった娘の夢をかなえたい一心だった。
 いまも娘のことを考えない日はない。テーブルに娘の食事を用意して一緒に食卓を囲む習慣も、娘の部屋もそのままだ。10歳のままの姫花さんと一緒に、静かに15年の月日を積み上げてきた。15年が長かったのか短かったのかはわからない。しかし、気づけば2人の息子はあっという間に貴さんの身長を追い越していった。
 毎年3月11日前後に自宅に遊びに来てくれる姫花さんの同級生たちは、今年25歳。昨年は初めて出産の報告を受け、腕に赤ちゃんを抱かせてもらった。「何も変わらない日々ですが、確実に時間が過ぎているのだなぁと感じました」
 ふらりと歩いて海を見る。この日の海は薄曇りの空を映し、あいまいで優しい色だった。
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 2011(平成23)年に販売をスタートした「姫花ちゃんのハンカチ」の販売数は、15年で1万4千枚、売上から捻出している災害義援金の総額は340万円を超えた。現在も塩屋埼灯台下の2店の土産物店と、湯本のコミュニティカフェ「フリーノット」で取り扱っている。
 (写真:近所の堤防から海の色を見るのが習慣という鈴木さん)

PR:いわき市北部地域を中心に、児童養護施設、老人保健施設、特別養護老人ホーム、ケアハウスをはじめ、診療所とデイケア、デイサービス、居宅介護支援、訪問介護、訪問リハビリと多種多様な福祉、医療事業を展開。

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