沿岸部には昔から海とともに生きてきた人々がいる。季節や天候で違う波の音や荒さ、潮風を感じながら生活文化をはぐくんできた▼その沿岸部で今、堤防のかさ上げ工事が着々と進んでる。建設現場を目にし複雑な思いに駆られた。従来より高く頑丈な堤防で、全く海が見えないのだ。この先、その土地の人々が、磯の香りや朝に辺り一面に張る靄などの「海からのメッセージ」を感じることはできるのだろうか▼いつか必ず来る津波に備えるための堤防建設に異を唱えるつもりなどない。未来の故郷とそこに生きる人々を守るためにそれが必要なのは、十分に分かっている。ただ、やはり海を感じることができなくなることに不安は募る▼理由の1つは、日ごろから海を感じていてこそ防げる被害もあるのではないかという思い。そしてまた、海の近くで育つ子どもたちが、海を感じずに大きくなるとしたら、地域の伝統や文化の先行きはどうなるのだろうという思いだ。
片隅抄