その強さから、かつて「北の鉄人」と呼ばれ、日本ラグビー史に一時代を築いた。70~80年代にかけて、日本ラグビー界の頂点を決める日本選手権で7連覇。新日鉄釜石は岩手県釜石市を「ラグビーの町」として、その名を全国に広めた▼当時の司令塔は〝元祖ミスター・ラグビー〟こと松尾雄治氏。正確なパントやキック、華麗なステップで日本代表でも活躍した。年明け以降、新型コロナウイルスの感染が急拡大。この危機的状況の中、いわき市は本来、新年度に新設予定だった感染症対策の司令塔となる「感染症対策監」を前倒しし、辞令を交付した▼釜石黄金期の司令塔・松尾さんはこんな言葉を残している。「一人一人が自分の仕事をきちっとこなすこと。この個人プレーの連携が、真のチームプレーなのだ」▼15人で戦うラグビーも司令塔1人では勝てない。市民一人ひとりが感染防止対策を徹底し、〝ワンチーム〟で、この難局を乗り切るしかない。
片隅抄