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片隅抄

2023.09.01

 吉村昭著『関東大震災』にはリアルな描写が多々ある。著者は昭和2年生まれのため、震災体験はないが、生存者から聞き取りなど、その取材力を源にした克明な文章は被害の生々しさを伝える▼特に墨田区の陸軍被服廠跡地での惨劇は印象にある。多くの避難者であふれるところに火災が襲い、およそ4万人が焼死にいたる状況、さらに巻き起こった風によって、宙を舞ったトタン板が鋭利な凶器となり、一瞬のうちに少年の首をはねた時の様子など▼以前、NHKで現存する震災映像をデジタル加工し、カラー化した番組を放送した。大八車に家財道具を積んで逃げる人、燃え盛る建物、当時の日刊紙「万朝報」の横断幕を張った取材車などが色彩で迫ってきた▼極限状態にもかかわらず、整然と規律を守る先人の映像とともに驚嘆の声を上げる在日外国人のコメントも付けられていたが、流言飛語がもたらしたもう一つの惨劇は映像にはない。文学が伝えるものとは違う。

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