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スパリゾートハワイアンズ60年 カレイナニ早川さんに聞く(上)
常磐興産(本社・常磐藤原町、関根一志取締役社長執行役員)のスパリゾートハワイアンズは1966(昭和41)年に産声を上げ、今年1月15日に創業60周年『還暦』を迎える。
その誕生は、いわき市が生まれる9カ月ほど前、斜陽化した炭鉱業からの転換を図り、地域経済を救うための起死回生の一手だった。炭鉱開発でその名の通り『湯水のように湧き出る』熱水を有効活用し、フラを活用した温泉リゾートを創ってはどうか――。
当時、常磐炭礦の副社長だった中村豊氏=1902~87、享年85=が旅先で着想し、帰国後、一気に事業化に向けてかじを切った。反対や疑問の声を押し切りオープンした「常磐ハワイアンセンター」は、『フラガール』とともに東北を代表する温泉・観光・娯楽施設に成長。
「スパリゾートハワイアンズ」に名前を変えたあとも絶大な支持を得、東日本大震災、コロナ禍など様々な困難と直面しながらも、いわき、福島を象徴する無くてはならない存在となった。
中村氏の薫陶を受け、その遺志を継いでフラガールを高みに導いた功労者カレイナニ早川さん(93)に話を聞いた。
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「このおじさん、何を言ってるんだろうと何度も思いましたよ」
1964年8月、暑い日だった。後に常磐ハワイアンセンターの創設者となる中村豊氏は、カレイナニ早川さん(本名・早川和子)と親友のレフアナニ佐竹さんを前に、フラをウリにした南国の温泉リゾートを建設するという、誰もが耳を疑うような構想を打ち明けた。
中村氏はその年にアメリカ・ニューヨークで行われた万国博覧会でタヒチアンダンスを間近にして衝撃を受け、フロリダで出会ったハワイ在住の日系議員の紹介を受けてそのままハワイへ。
当初は現地の料理長と、踊り、音楽の指導者を招へいしようと考えていたというが、ハワイの留学経験を持ち、「日本初のフラの名取」として注目を浴びるふたりをNHKの人気クイズ番組「私の秘密」で知った。
「突然、家に興信所の方が来たの。『あら、お見合いかしら』と思っていたら、中村さんで」
2度目はその1月後。東銀座にあった常磐炭礦の本社に呼び出された。地下に下りると、何やら「プロジェクトチーム」の人たちが作業をしている。そこで見せられたのが、常磐ハワイアンセンターの完成予想図。それでもふたりは半信半疑だった。ただ、その発想、行動力には舌を巻いた。
3度目は忘れもしない、その年のクリスマスイブ。「ぜひ、常磐に来てほしい」。一度は断ったが、熱意にほだされた。建設予定地を見たら鬱蒼とした山で、そこには豚、ニワトリ小屋が。後に常磐音楽舞踊学院が建つ常磐・浅貝の地(現湯本二中近く)にも足を運び、近くの保養所で一夜を過ごした。
「ここがワイキキのカラカウア通りになるですって!? 信じられない」
それでもどこか信じることはできなかったが、年明けに建設予定地を見ると、景色は一変。ブルドーザーが盛んに整地を進めているのを間近にし、そのスピード感に驚いた。中村氏の本気を実感し、首を縦に振ることを決めた。
「西の宝塚、東の常磐音楽舞踊学院に」。学院は65年4年に開校し、早川、佐竹さんは講師としてフラダンスチームの育成に携わった。(後半につづく<こちら>)
(写真:指導に熱が入るカレイナニ早川さん=スパリゾートハワイアンズ提供)