勿来の比較的内陸のまちで生まれ育ち、小さいころはよく家族と海水浴や釣り遊びに来ていた。わたしの原風景のひとつだ。東日本大震災に遭遇したのは大卒後の就職先、茨城県つくば市でのこと。一時的に帰郷し、海沿いの被害を間近にして声を失った。それから1年半ほどの『旅人』生活を経て、ふと画家を志した。
望郷の念から2023(令和5)年夏に帰ると、創作活動の拠点としたのは潮騒が聞こえる海岸そばの集落。自然と海の絵を描き始めた。
未だ傷跡が残り、悲しみを抱えた海。でも、わたしを育んでくれた恵みの場所。金澤裕子さんは故郷いわき、そして魅力あふれる浜通りをモチーフに、絵を描き続けている。
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金澤さんはモチーフを決めるとき、初見の印象を大切にする。見たままの情景からインスピレーションを受け取り、万物の輝きや優しさ、慈しみ、未来への希望をキャンバスに落とし込む。
『空と鳥のアーティスト』として親しまれているが、そこには自然と湖畔、海などの水辺がたたずむ。故郷の海の近くに移り住み、自然と海を描く機会が増えたから。
福島はこれからどうなっちゃうんだろう――。震災直後は生活するだけで精いっぱいだったが、故郷の惨状を目の当たりにして心が揺らいだ。そのときは画家になるとはつゆにも思わなかった。6年勤めた会社を辞め、全国、韓国をめぐり自分探しの旅を続けた。
子どもから大人までふれ合える生涯教育への関心を高めるなか、アーティストの友人から展覧会に作品を出さないか、と誘われた。
もともと絵が好きで、高校では美術部に。大学では造形全般を学んでいたが、なぜかしっくりとこなかった。アートから距離を置いたつくば時代を経て1枚の絵を仕上げ、それまでかみ合わなかった歯車が回り始める感覚を覚えた。「やっぱり美術なのかな」。上京しデザイン会社に勤める傍ら、創作活動に重きを置くように。
すると、次第にいわきへの愛情があふれ出た。望郷の念が強くなり、2023年夏に故郷の勿来へ。のどかな田園風景が気に入り物件を決めたあと、海に近い立地にあることに気づいた。感動を覚えた山や海、森や町、素のままの故郷を描き続けた。
海はわたしの原風景。画家として、表現者として、故郷の価値を広く発信していきたいと心から願う。
(写真:ふるさとを思いながら創作活動に取り組む金澤さん)
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震災15年 いわきの価値ある情景描く 勿来出身の画家・金澤裕子さん






