東日本大震災の津波で甚大な被害を受けた平豊間地区の復旧・復興を担い、住民の手で地域の再生に取り組んできた「ふるさと豊間復興協議会」の解散が正式に決まった。
震災から15年が経過し、当初の目的がほぼ達成できたことから、28日に豊間中央集会所で行われた臨時総会で承認した。その上でこれからも豊間地区の振興に向け、関係者が一体となってまい進していくと誓った。
いわき市沿岸部を襲った震災による津波は、平豊間字下町で市内最大の高さとなる8・57mを記録。市は塩屋埼沖の岩礁で押し返された津波が、そのまま豊間海岸に回ったことや、合磯岬から回り込んだ津波が合流したことで、被害が大きくなったと分析する。
津波によって豊間地区の集落の7割に当たる430棟の家屋が全壊し、直接の死者は83人に上った。住民たちはいち早く復旧を目指そうと、震災発生から半年を控えた2011(平成23)年8月28日に協議会の設立会議を催した。
同年9月1日を発足日とし、独自に専門家の協力を仰ぎながら、各種計画の策定における行政との連携や、住民ワークショップによるまちづくりビジョン作成、災害公営住宅での生活支援、15年1月の復興仮設商店街「とよマルシェ」オープンと、文字通り多岐にわたる事業を繰り広げた。
この14年半では、特に子どもたちの成長に尽力した。いわき地方の方言でかわいいを意味する「めんこい」を冠したまちづくりを掲げ、豊間地区を挙げて子育て世帯を支援。未利用の宅地には移住者を呼び込み、神輿や獅子舞、酉小屋といった伝統行事の継承しているほか、一緒に田植えをしたり、サツマイモの苗を植えたりと活動の幅を広げている。
そうした努力が実を結び、世帯数で見ると震災前を上回ることがかない、いわき市全体で少子化が進む中でも、今春の豊間小は児童数が270人を超えるという。
3代目の協議会長で、豊間区長の橋本和彦さん(78)は臨時総会の席上、「ふるさと豊間復興協議会は自分たちで復興を推進するため、その先頭に立つ集団として設立された。子どもたちの声があちらこちらから聞こえ、にぎわいを取り戻すまでに至った」と振り返った。
解散が決議された後、復興まちづくりに寄与した功績をたたえ、NPO法人美しいまち住まい倶楽部(佐藤俊一理事長)、福島大行政政策学類の西田奈保子教授に感謝状が贈られた。
(写真:協議会の解散を承認した臨時総会)
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震災15年 ふるさと豊間復興協議会の解散承認 住民主体で地域再生努める






