「夢はオーシャンアスリートの育成」
福島県ライフセービング協会 いわきSLSC(サーフライフセービングクラブ)理事長 中本 恵子さん(平)
中本恵子さん(42)=平在住=には「人生が変わった」という3つの転機がある。一つは19歳のときに出合ったライフセービング。2つ目は地元のNPOとともに東日本大震災後のいわきで初のSLSCを立ち上げたこと。そして3つ目はパトロール中に起きた海難事故だった。中でも事故は自身の無力さを痛感し、活動拠点を本格的にいわきに移すきっかけとなった。現在は「シーマンズライフ」を立ち上げ、水辺の事故を未然に防ぐ知識の普及とマリンスポーツの振興に力を注ぐ。
いわきSLSCの設立に携わるようになったのは「まったくの偶然」。19歳でライフセービングに出合い、湘南で活動する「西浜SLSC」の仲間と熱い青春を過ごした。理事として励んできたジュニア教育も一定の成果を収め、成長した後輩たちの姿を頼もしく感じるようになったタイミングだった。
そのため、「いわきにクラブを作る手伝いを」と打診を受けたとき、安心して理事を降りることができた。そして「東日本大震災で被災したふるさとに、今こそ恩返しがしたい」という思いを仲間も後押し。自身の出産のタイミングもあり、すべてが不思議な縁でいわきとつながった。
最初は一時帰郷のつもりで人材育成に取り組み、平成30年にいわきSLSCを発足。しかし勿来海水浴場で地元ライフセーバーによる監視活動がスタートしたその年に死亡事故が起きた。「長年パトロールをしてきて初めての出来事。自分の無力さを感じ、教育の必要性も再確認した」と振り返る。また、当時は長男輝くん(3)を出産したばかり。いのちの力強さとはかなさを同時に感じる出来事の強烈さに、「神奈川の日常に戻る」意識が薄らいでいった。
その後、人命救助のスキルを深めようと、看護師の勉強をしながら令和2年に活動拠点をいわきへ。翌年「シーマンズライフ」を立ち上げ、ライフセービングを含めたマリンスポーツを楽しむ環境づくりに取り組んでいる。マラソンスイミングやトライアスロンに取り組む仲間と手を組み、各競技のアスリート教育にも力を入れていくという。夢は「笑顔があふれる安心・安全な海をつくり、いわきから世界で活躍するオーシャンアスリートを輩出すること」。
いわきの海で見つけた夢を実現させていく。