先日、元消防団員の方を取材するため、大久町小久地内の自宅にお邪魔した。個人的なことだが、自分の祖母の実家は平の街なかで、そこに婿入りした祖父の出がこの地となる▼1936(昭和11)年に38歳で死去した祖父。5人の子どもを抱えた祖母は土地の権利書を担保に祖父の実家に借金を申し入れるも、断られた。以降付き合いは途絶えた。先の元消防団員の方と話すうち、ある大火の話題になった▼本紙アーカイブを引用する。63年2月26日付1面4段見出し「四倉など七町村に及ぶ山火事」わらぶき農家四十二戸も焼く・炭焼きガマの不始末とある。前日昼過ぎに発生、翌日午前7時すぎ折からの強風が止み、一部下火になった▼この大規模山火事を覚えている人も多くはない。後年聞いた話では祖父の実家も被害を受けたらしく、実父が布団持参で見舞いに行ったというが、それっきりである。90年前、互いの生活環境が違ったと思うしかない。