連れ合いを亡くしたこともあって、娘が3歳のときから老母の力を借りて食事の面倒を見てきた。高校生からはお昼の弁当が加わった▼それがすっかり朝の習慣となり、社会人になった今も父が作る粗末な食事と弁当で成長を続けている。甘やかしと周りから指摘されるが、当の本人は至って呑気。毎朝、「ありがとね」と弁当箱を抱えて出勤していく▼そんな娘が得意げに台所に立つ日がある。父親の誕生日と「父の日」だ。昨日は夕食に千切りキャベツの豚肉巻き、豆苗のふわたまマヨ炒めなど4品が出た。脛かじり娘のささやかな親孝行だったが、今年も当たり前のように、いつもの茶の間で、娘と差し向かいで夕食にありつけた幸せを実感している▼シルバー世代に入った体が悲鳴を上げ、病院で父の日を迎えることもある。かぐや姫の『うちのお父さん』や忌野清志郎の『パパの歌』に出てくるような、平凡でも健康で幸せな日々を過ごしたいと思う父の日だった。