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震災特集<1>いわき市出身の緑川さん 福島からアート発信で世界に訴える

 「震災10年は本当に重い1日でした。でもここで2時46分のサイレンと黙とうを終え、美術館のオープニングカットをしたとき、なぜか神聖な気持ちに包まれたんです。扉をくぐり、〝現実〟が変わったように感じました。出席者からは『とても気分が軽くなった』との感想を聞きました」
 一昨年の3月11日午後2時46分、福島第一、第二原発の中間にある双葉郡富岡町中央一丁目に、世界のアートシーンを変える〝かもしれない〟、前衛的な美術館が誕生した。姿形はない。あるのは3mほどの高さの真っ白なエントランスの回転扉のみ。それもオープニングカットの後、扉は間もなく取り壊され、薪として鎮魂の焚火にくべられた。
 美術館の存在を示す公式サイトはあるが、現地には美術館「MOCAF(Museum Of Contemporary Art Fukushima=モカフ)」の案内板と、扉の土台、昨年10月に岐阜県本巣市の有志から譲り受けた薄墨桜の幼木2本があるのみ。何も知らなければ目にも止まらない、ただの空き地でしかない。
 立ち上げたのは、館長を務める、いわき市出身のコンテンポラリー・アートディレクターの緑川雄太郎さん(39)。緑川さんは現実、仮想空間ではない、常識を打ち破るアートの世界を探求し、世界に発信したいとの構想を描く。
 「根底には『見えない問題』をヒリヒリと感じたことがあった」。テレビの天気予報に環境放射線測定値が出る場所なんて、世界のどこにもない。変わらない日常を過ごしながらも、どこかで見えない何かにおびえている。福島だからこそ、福島でしか発信できないことがあるのではないか――。
 テーマは〝人類以降のアート〟。扉をはじめ、建物は今後も設けることは考えていない。必要性もない。エントランスの扉がここにあった、その事実だけで美術館は成立する。
 「『(扉を開けて)どこかに行こう』。そのきっかけとなる存在になれば」。いわき発、富岡経由、世界行き。緑川さんは、これまでにない、ゆっくりと前衛的なアートが次々と生まれる拠点にモカフを育てていきたいと願う。
 (いわき民報社では、東日本大震災・東京電力福島第一原発事故から12年を迎えるのに合わせ、特集記事を連載していきます。なおホームページの記事は、本紙より抜粋・再構成している場合もあります)

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