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いわき市誕生から60年 磐城平、小名浜、南東北…幻の市名案
なぜ14市町村の新市名が「いわき市」になったのか。1日の市制施行60周年に合わせ、改めて振り返りたい。
いわき市の合併にあたって、本庁舎の位置や財政の経過措置などと並んで、懸案の一つとなったのは新市名。当初の合併予定期日(1966年6月1日)まで1年を切った65年7月になっても、新市名は決まってなかった。
同年8月から9月にかけて、新市名に関する集中審議が行われた。
その結果、磐城平市(平市の案)、小名浜市(磐城市の案)、勿来市(勿来市の案)、常磐市(常磐市の案)、南東北市(内郷市の案)、石城市(田人村の案)の6案が出されたが、最終的にまとまらなかった。
しびれを切らした県が66年1月、県議会の特別委員会とともに解決支援に乗り出す事態に。関係者が1か月近くにわたって滞在し、合併調整案の一つに「新市名は『いわき市』とする」と盛り込んだ。
いわきには「石城」「岩城」「磐城」の漢字が充てられており、歴史的な経緯と住民の親しみやすさから選定したといい、読み方の混乱を避けるため平仮名にしたと説明する。
ただ石城は合併前の町村(双葉郡だった久之浜町、大久村は除く)の郡名を指し、磐城はいまの小名浜地区の市名であった。
また岩城は戦国時代までのいわき地方の領主が名乗り、関ケ原の戦いで徳川方に味方せず領地を没収されたため、江戸時代以降は地名としては避けられるようになった。
こうした点から、地域史研究家の小宅幸一さん(いわき地域学會幹事)は「14市町村が対等で合併する際には『石城』も『磐城』も、固定の意識が持たれることになったため、市名とはなり得ず、新しい観点で考えられたのが、ひらがな市名の『いわき市』であった」と語る。
(画像:合併調整案として「いわき市」が示されたことを伝える本紙記事=1966年1月27日付)